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REPORT

「ザツゼンに生きる」はフィクションか──鈴木励滋(障害福祉従事者/演劇ライター)

  • 領域横断ワークショップ
  • 領域横断レクチャー

横浜国立大学IUIホールにて(撮影:池田凜太朗)

 「団地の中の福祉事業所にいて、アーティストとのワークショップを企画してきた人がいる」。そう聞いたのが、鈴木励滋さんだった。昨年10月、支援センター(*1 神奈川県障害者芸術文化活動支援センター)のKさんと話していたときだ。そこは小劇場を運営するSTスポットの中にある。筆者は現在、絵や刺繍といった創作活動をおこなう福祉事業所でフィールドワークをしているのだが、その事業所を決めるきっかけになったのも支援センターだった。Kさんとの話は、そのフィールドワーク先でワークショップができないかという相談だった。

 鈴木さんは、横浜市旭区にある福祉事業所「喫茶カプカプ」(*2)で所長を務めるかたわら、さまざまな施設でアーティストとのワークショップを企画してきた(図1)。その事業所は1998年に広大な団地のなかに開所する。しかし、そのことから当時は商店会の中には反対の声もあったという。ワークショップのことだけでなく、大きな団地の中にある事業所だと聞いて、ぜひ話をうかがいたいと思った。実際に鈴木さんに会ったのはその翌月だ。大学でレクチャーをしてもらえないかと、人づてに紹介してもらい依頼した。

図1 鈴木さんが無料で配布している『ザンネンなわたしたちの世界を変える6つの試み』。この冊子の中にアーティストとのワークショップの様子が書かれている。

 レクチャーを依頼するため連絡を取り、夕方のデニーズで待ち合わせる。仕事を終えてから来た鈴木さんは、障害福祉の現状や進行中のワークショップについて話してくれた。その中で私は次のようなことを聞いた。「ワークショップは現実を変えていくようなものではないか」と(*3)。すると鈴木さんは小さな声で「フィクションでいい」という。フィクション?と思ったが、なんとなくわかったような気になり、その場では聞き返さなかった。その後、私は鈴木さんに紹介してもらったワークショップに何度か参加することになるのだが、そこでもこの言葉が頭から離れなかった。いったい鈴木さんがいう「フィクション」とは何なのか? レクチャーの内容は多岐に渡ったが、このレポートではその「フィクション」を中心に考えていきたい。

1 ザツゼンとは

 レクチャーのタイトルは、鈴木さんからいくつか候補をあげてもらった中から決めたものだ。「喫茶カプカプ」ができたのが1998年。昨年末まで所長を務めていた鈴木さんが、そこでの経験をもとに作った本がレクチャーのタイトルにもなっている『ザツゼンに生きる』だった(鈴木さんは昨年末で退任し、現在は新たな場所を作るための準備中)。そのタイトルについて、鈴木さんは次のように話す(レクチャーの発言は、場の雰囲気を伝えるため音声をほぼそのままの形で引用した)。

鈴木:私の中では、違いっていうのは、差異のあるそれぞれが各々肯定されるっていうのは、今の尺度でプラスに評価されるっていうだけじゃなくて、もっと広い意味の肯定される、みんな違ってそれぞれが肯定されるっていうことだったら、ああ、すごくそうありたいなっていうふうに思って 。それが多様性だとは思うんだけれども、でも多様性って何でもありと同じじゃないなと思っていて。よく障害福祉の現場でいうと、一人一人肯定するっていう場合に、何でも許していいのかっていうわけではなくて。そのときに私らがよくいってたのは、自分とは違う他者、他のメンバーさんとか、他のスタッフとか、ここで活動している他の人、お客さん、地域のお客さんとかもそうですけれども、その他者を否定しない範囲で何でもOKっていうような伝え方をしてました。だからそういうことを私たちは「ザツゼンに生きる」っていうようないい方でいっていたのかなと思っています。そのザツゼンっていうのが、まあすごくシンプルにいうと、整然とかきちんとしたっていうものの逆だっていうふうに思ってもらえればいいですし。整然とかきちんとしたっていうのは、立派なとか、スタンダード、主流、かくあるべし、規範みたいな。

鈴木励滋さん(撮影:池田凜太朗)

鈴木さんがいう「ザツゼンに生きる」とは、現在における主流の尺度、例えば「性能」や「生産性」ではない基準で、差異のある人それぞれが肯定されること。ただし、他者を否定しない範囲で、ということだ。

 ここで鈴木さんは繰り返し「肯定」という言葉を使っている。この言葉は、外から与えられた規範のように感じられるかもしれない。しかし鈴木さん自身がいうように、それは、ザツゼンの逆である「整然」に並置される「規範」ではない。あるいは特定のあり方をモデル化した肯定でもないだろう。後述するように、鈴木さんは他者の想定外のふるまいに対して「おもしろがる」ことが大事だとも述べている。「おもしろがる」ことは、内発的なものであり、「規範」ではありえないだろう。あえていえば、それは一つの態度である。ゆえに、ここでの「肯定」とは、思わずそうしてしまうような行為を指す。思わず否定することができない、つまり結果的に肯定してしまうということである。

 障害福祉の現場で、主に知的障害があるとされる人たちと27年ほど活動をともにしてきた鈴木さんは、障害どうこうよりも、何か違いがあることで生きづらさを感じてしまうことに関心があるという。ここで鈴木さんは「障害」を「差異」という範囲にまで広げて話す。そして、『ザツゼンに生きる』という本のザブタイトルを「障害福祉の世界を変える」ではなく、「障害福祉から世界を変える」としたという。「なんかでかく出たなって感じなんですけど」と鈴木さんはいうのだが、それは近年の批判的障害学とも通じる、というか踏まえてのことだろう。批判的障害学はさまざまな障害と見なされるものとの連帯を目指す(*4)。例えば、アルコール中毒、ジェンダーなどもその中に取り込んでいく(*5)。特定のラベリングされたカテゴリーに囚われていてはいけない、ともに世界を変えていこうと呼びかけるのだ。鈴木さんは、差異によってしんどさを感じているなら、「誰もが当事者」になりうるという。であるなら、既存の価値観を一緒に変えていきませんか、と。ここで障害とは、個人の身体の内にあるのではない。それは、人と人、人とものの関係、あるいは制度や言説によって作り上げられる障壁である(*6)。

2 ギリギリアウトをおもしろがる

鈴木:その障害福祉の中でけっこう今、社会適応っていう言葉を使うんです。 障害がある人が社会に、今の社会に適応できるように訓練してあげる、みたいな感覚です。その人はそのままだったら社会で不適応を起こしちゃうので。だからその人のためにっていう意味合いかな。それは本当、もちろん悪気ではなく一生懸命やる福祉施設職員ほどそういう感覚でやってると思うんですが。うーん、なんだかねって思っちゃうんですね。それは、なんで一方的に障害がある人の方だけが適応するように頑張らなくちゃいけないのかっていうふうに思っていて。 

鈴木さんがここで問題提起するのは、「社会適応」が一方的に障害がある人に適用されることだ。なぜ「障害がある人の方だけが適応するように頑張らなくちゃいけないのか」と。であるなら、ここでの「不適応」とは、先の障害ということでいえば、人と人とのあいだで生じる障害ということになるだろう。繰り返すが、障害は個人の身体の内に不変的にあるものではない。それは「あいだ」で作り上げられる。もちろん施設職員は、施設職員という役割を演じている。だから、そこには福祉制度なども関わる。とはいえ、ここで「不適応」とは、社会ではなく、職員と障害があるとされる人の2つの世界が衝突しているとみることもできるだろう。だとすれば、それを望ましいかたちで折衝しなければならない。

鈴木:このときによく話すのが、京都にスウィングっていう事業所があって。そこの木ノ戸さんって代表の人がよくいう言葉で、「ギリギリアウトを狙う」っていう(*7)。ギリギリセーフを狙いがちなんですよ、福祉施設職員は。 なんとかその社会の枠内に収まれるように。だけどそれじゃ社会変わらないよねっていって。今OKとされるもののちょっと外、やばいな、グレーだな、みたいなところを狙っていく。ギリギリアウトを狙っていろいろ仕掛けていくと、それがこれも面白いよねとか、これもありじゃないですか、みたいなことになっていて、そのOKな部分が広がっていく。だからそういう働きかけの仕方っていうのを、彼は「ギリギリアウトを狙う」っていう言い方をするんですけども、 僕もすごく近い感覚を持っています。だからそういう意味では、その違いをおもしろがるっていうことがとっても大切なんですね。

人と人のあいだをうまく取り持つこと。すなわち、作り上げられた障害=障壁をなくすこと。それは「ギリギリアウトを狙う」ことなのだ。そこで大事なのが、「おもしろがる」ことだ。鈴木さんがいう「おもしろがる」とは、バカにして笑うことではない。ファニーだけではなくインタレスティング、つまり興味深いということだ。その反対が無関心。ゆえにその反対は理解することでもなく、つまり「愛する」ことだと鈴木さんはいう。

鈴木:あまりに自分の想定外のことをしてくれる人たちが多いので、よく最初は軌道修正しようとか、いやそれはダメでしょみたいな感じで介入していったりするんですけども、なんかあまりに訳の分からないことをされると笑っちゃうんですよね。笑わされちゃったら、もう叱るも何もないって。なんだか分からないけどおもしろいなぁでもういいんじゃないかって。誰かを否定しているわけでなければ、というふうに思っています。 

以前、私は特別支援学校で仕事をしていたことがあるのだが、鈴木さんがいうように日々起こることが「想定外」に感じられた時期があった。「笑」って脱力してしまうようなことが度々あり、そのとき私自身の規範は揺さぶられ、いつの間にか「想定外」のその人たちの世界に引き込まれている(*8)。先述したようにそれは規範によるものではない。ゆえに「狙う」ような先立って目的を持つまでもなく、「想定外」にやってくるものを思わず「おもしろい」と受け入れてしまうこと。その「想定外」の世界とは、私が生きる現実とは別の現実なのであり、すなわち「フィクション」だとは言えないだろうか。であるなら、その「想定外」の世界に思いがけず立ってしまったとき、私がいる想定内の世界もまた別の「フィクション」として相対化されるだろう。

3 喫茶カプカプ

 では、鈴木さんが27年ほど活動してきた「喫茶カプカプ」の具体的な日常とはどのようなものだったのか。

鈴木:障害福祉事業所として喫茶をやって来たんですけど。 喫茶店をやってても、スタンダードの喫茶店を目指すわけではなくて、いろいろやらかす人たちがいるわけです。普通の喫茶店ではNGのようなこと。あの、左利きの子どもに興味があるんですけどって話しかける40代の人って、まあ普通喫茶店じゃクビになっちゃうと思うんですけど。カプカプではそれは接客だっていうふうに言って。もう50%以上が高齢化している団地なんですよ。そこにある喫茶店なんで、じいちゃん、ばあちゃんしか来ないんです。じいちゃん、ばあちゃんはそのくらいのこと言われても驚かないんですよ。だからそうすると、彼が興味があるのは、左利きの子どもが最近直されちゃってるよね、右利きにっていうことが、なぜかよく分からないけど興味があるんですよ。彼は全然左利きでもなんでもないんですけど 、それをいうと、昔は左利きもっといたねとか、じいちゃんが話すと、なんかそこに関係が生まれる。だからそれは接客だっていうふうに言い張っちゃう。 

私もこれまで繰り返し同じことを聞く人に出会ったことがある。初めは驚いたが、あまりにも繰り返し聞かれるので、いつからかそれは日常になった。「ギリギリアウト」は繰り返されることでアウトではなくなるのだ。「左利きの子供に興味があるんですけど」という発話が繰り返されることは、周囲の人と新たな「関係」を作り、喫茶店の「接客」の「スタンダード」を変えていくパフォーマティブな行為なのだ。

鈴木:後ろに置いてある本、最首悟さんの本が置いてあるんですけど(*9)、最首悟さんの娘さんの星子さんって、娘さんはもう全盲でダウン症の重度の人で、言葉でのコミュニケーションも難しいと言われている。だからカプカプに来ても寝てるんですよ。その星子さんに会いに来るお客さんもいるわけです。星子さんがいないと、今日星子さんは?って言ってくれるんですね。てことは、そのお客さんはカプカプに、喫茶に来るだけじゃなくて、星子さんに会いに来てるっていう側面もあるだろう。だから星子さんはそこで寝ている、そこに存在するってことが彼女の接客だって言い張る。つまりは、すごく理屈をこねる感じですけど。でもその人が何とか今の社会で成立するように。その人がいてもいいように、いてもらわないと困るっていうふうに。そこって僕らにはとても重要でした。だからそういう意味では社会の価値観をすごく変えるんだけど、なんかものすごい新しいことをしているわけではない。いかにも街の喫茶店なんですね。だから、スライドの左側に価値を変える方に特化させようっていうふうに頑張ってやってきていたところがあります(図2)。

図2 いろいろな障害×アート(鈴木さんのスライドより)

喫茶店において、来客から名前で呼ばれる店員の存在は決して一般的ではないだろう。星子さんは「喫茶カプカプ」にとってだけでなく、地域の人たちにとってもその場にいることがごく自然に受け止められている存在なのだ。

 レクチャーの数ヶ月後、私は「喫茶カプカプ」を訪ねてみることにした。店内にいる客は私一人。メニューからアイスコーヒーを頼む。注文を受けた店員は「若い人も来るんですよ」という。カウンターの奥で、別の店員がコーヒーを淹れはじめる。壁には古い掛け時計があるが、針は現在ではない時刻を指したまま止まっている。「うー、うー」という単調な音がBGMとして流れていると思っていたのだが、それが人の声であることにしばらくして気づく。視線を感じる。奥の方に小上がりがあり、そこから私をじっと見ている人がいる。提供されたアイスコーヒーは、グラスの縁から氷が一つ突き出るように盛られ、暑い日だったので私はそれをサービスだと思う。ストローを包装紙から出してグラスに差すと、その残った包装紙をコーヒーを入れた店員が無言で捨ててくれたので、「ありがとうごさいます」と私はいう。給仕の店員がなまりのあるイントネーションで何かの歌をうたい始める。あたりを見回して星子さんを探したのだが、その日は休みとのことだった。やがて、別の店員が来て私の横のテーブルで新聞を広げて読み始める。しばらく一人だったのだが、高齢のおそらく近所の方だと思われる人が来て、店先のテラス席に座り私と同じアイスコーヒーを注文した。

 店名にある「カプカプ」は、宮沢賢治のフィクションに登場する謎めいた存在の笑い声に由来するそうだが、私はその世界の中に足を踏み入れたような感覚を抱いていた。この後、鈴木さんが「喫茶カプカプ」に対置させるように話すのが、雇用代行ビジネスである。障害があるとされる人の企業での雇用機会を保障するため法定雇用率という制度があり、企業にはその一定割合を雇う義務がある。それに対して、雇用代行ビジネスは、さまざまな企業にその雇用率を売り、一手に雇い入れを引き受けるというものだ(*10)。本来、障害によって分け隔てられることなく共に働くために作られた制度であるにもかかわらずである(そうではない雇用代行も一部あると、鈴木さんは注釈をつけるのだが)。形式だけみれば、これこそギリギリアウトどころではない完全なアウトなのではないだろうか。それはもはや巨大なフィクションの装置である。

4 ワークショップ

 雇用代行ビジネスのようなフィクションではない、別のフィクションの可能性はないのだろうか。それが2012年から鈴木さんが企画してきたワークショップだ。鈴木さんは、ワークショップは一方的に教えるのでなく、双方向的なものだという。事前の打ち合わせが無駄になることをいとわず、ただ時間を積み重ね、ともに空間を楽しむ。当然成果も求めない。それは雇用代行ビジネスのようなものではなく、代替できない他者を意識する場だと。それはどのようなものなのか。

 鈴木:岩井秀人さんが、あの、むくどりの家って精神障害の人たちの事業所に行ってるんですけど、 4年目になりますね(*11)。 岩井さん自身が16から20歳過ぎまで引きこもってた作家さんなので、その自分のしんどかった、引きこもってたこととか、父親が暴力振ってたことなんかを、もう作品にしちゃう。で、最初の頃はもう笑えるトラウマとか自分でいいながら作品にして、それを公演しちゃうっていうね。とうとう最後は父親が、医者だった父親がね、医療ミスで亡くなった話まで作品にして、自分で父親を演じるっていうので一区切りついた感じもしますけど。でも彼がやってる「ワレワレのモロモロ」っていうワークショップが、施設とか関係なくやってるものがあって。なんか生きてくれば、それなりにひでえ体験しましたよねみたいな。 その体験語りましょうみたいな。どうぞ語ってくださいみたいなことで、その話を再現するっていうのをやっていて。[……]で、えっと中でも有名なのは、父親が側溝流れてきた話。死んじゃっててね(笑)。

海沿いの町で、潮の道引きで、その側溝に海の水が行ったり来たりするので。そこを近所のおばちゃんたちがおしゃべり、井戸端会議みたいにしてたら、自分の父親が流れてきたっていうことを後で聞かされたっていう。そのことを喋って、その人はずーっと、ずーっとそれが自分の中でのわだかまりとしてあった。で、じゃあそれを再現しましょうって。どうやったら父親が行ったり来たりするシーンができるかっていうのを本人も一緒になって再現して。 最後は大爆笑してたっていう。そういう中で、別に払拭はできないんだけども、なんかその自分はこうってしか見られなかったことが、いろんな人からの視点とかで解釈が変わっていったりとか、違う視点を得られたりとか。なおかつ再現するなんて、わけの分からないことまですることで、なんか俯瞰できるようになったというようなことを言っていて。

これはレクチャーであげられたワークショップの一例なのだが、鈴木さんはこの話を知って岩井さんにワークショップを依頼したのだという。私はこのワークショップに一度だけ見学者として参加したのだが、そこでは参加者の過去にあった「ひでえ」体験が、その日初めて会った複数の人たちの前で語られ、劇として再現された。偶然に居合わせた人たちと過去の経験をもう一度やってみて、あるいは役割を交代して演じ直しもするのだから、事実に基づいているとはいえフィクションであるだろう。そこでは鈴木さんがいうように「爆笑」もあり、「いろんな人からの視点」によってその経験の「解釈が変わ」るということが起きていた。それはワークショップが可能にした、まったく代替できないフィクションである。

5 フィクションとは何か

 私はここまで、あえてフィクションという言葉を二つの意味で使っている。一つは、想定外で、ギリギリアウトで、岩井さんのワークショップでおこなわれたような人が代替不可能なフィクション。もう一つは、雇用代行ビジネスのような巨大で、想定内で、人が代替可能なフィクションだ。さらには、どちらのフィクションも、フィクションといいながら何らかの事実に基づいている。ゆえに、それがどのような事実かが問題である。レクチャーの質疑応答で、私はその引っかかっていたことを鈴木さんに聞いた。鈴木さんにとって「フィクション」とは何か?

羽渕:鈴木さんにお会いしたときに、ワークショップのことを私が聞いたときに、ワークショップはフィクションでいいというようなことを確か言われて。最首悟さんの本の中にも鈴木さん、そういうようなことを言われていたと思うんですが(*12)、たぶん施設の職員さんなんかはけっこう日常生活とのつながり、ワークショップと日常生活のつながり、日常を変えていくようなことをけっこう言われたりすると思うんですけど。そうじゃなくてもいいっていう意味なのか、また別の意味なのかっていうのを、ちょっとお聞きしたいんですが。いかがですか。

鈴木:そうですね。なんていうかな。さっきのアーティストに、この社会では否定されかねない人たちを、あなたのアートで何とかできますかっていうお題を出してるつもりだって言ったんですけど。それとつながってるんですけど。その否定する側の力が強くて、それっぽいんですよ。それっぽく聞こえちゃうのは、今の世の中に相当蔓延してる価値観だから。生産性がないものは生きていてはいけないみたいなことって、すごいそれっぽいというか、それっぽく聞こえちゃうから、殺されちゃうこともあったり。もっといえば、その呪縛で苦しんでる人は、障害っていう枠に限らず、誰でも実は何か役に立たなくちゃいけないんじゃないかとか、生産性がなくちゃいけないんじゃないかみたいな。誰でもしんどいんじゃないですかって思っていて。それも一つのフィクションに過ぎないんじゃないのって思ってるんですね。[……]

何でもいいんですよ。私嘘でもいいって、だいたいこの場面で言っちゃうんですけど。だって人が殺されるっていう状況ですよっていう。それはやまゆり園事件だけじゃないですよ(*13)。日本の出生前診断で障害があるとわかった子どもが、障害があるってわかった場合の堕胎する率は90数%、9割以上(*14)。これは保険適用とかってなっていけば、もっと上がるんじゃないかと思うと、それは産まなかった女性が責められるべきではなくて、それこそ社会モデル的に、この社会は障害がある子どもを産むと、その子はしんどかろうって(*15)。[……]それはとりもなおさず、この社会の価値観がそうさせてるでしょうって。

[……]カプカプって生活介護事業っていう括りの通所施設なんですけど、同じようにだいたい10人から20人通う生活介護事業所が全国に1万か所くらいあるんですね。 あと、ほぼ内容的にはあんま変わらない就労B型(*16)っていうものも、1万か所以上あるんです。 2万か所以上が社会に点在しているのに、そこにいる人たちが何も発信できてないなって思ってるんです、この社会。[……]横浜には、かなり街で当たり前に障害がある人たちがいて、まあ横浜進んでるなと思いながらも、でも横浜でも全然発信ができなかったから、やまゆり園のあの事件を聞いたときに、ああ殺させてしまったって思った、僕らが。[……]全然そうじゃないっていう価値観を僕らがまったく示せてなかった。一緒に活動して、地域に開いてなんて言って、お店をやったりして、ちょっと知られていい気になってたけれども、隣の相模原市にまったく何も伝わってないじゃないって思った。 

[……]今の世の中では残念なことに価値がないとされている人たちに、いてもらわなきゃ困るよっていうフィクションを作り上げてほしいっていうか。まあその、そういうベースがあるワークショップをやることで、空間とか時間を作って、違いがあっても大丈夫だっていう場が、全国に2万か所とは言わないまでも、1000か所でも点在したら、本当にこの世界は変わると思っているので。[……]フィクションでも何でも使えるものは何でも使いたいっていう話だと思います。

鈴木さんにとってフィクションとは、現在の地点から過去にあった事実をつくり直すことなのだ。ただし、それによって過去の事実が消えるわけではない。むしろ、現在の状況においてもう一回つくってみることは、過去の出来事のとらえ直しを可能にするのだ。ゆえにフィクションは未来へ向けられた試みであり、過去の批判的継承でもある。その意味で、「ザツゼンに生きる」とはフィクションなのである。そこで重要なのは、そのフィクションの基底にある事実が、決して交換可能な本物の嘘であってはならないということである。

レクチャー後の交流会(撮影:池田凜太朗)









*1 正式名称は神奈川県障害者芸術文化活動支援センター。支援センターは、STスポット横浜がおこなう障害がある人の芸術文化活動をサポートする事業。
*2 「喫茶カプカプ」は地域作業所としてオープン。地域作業所とは、障害がある人が働いたり生活したりするために、その保護者や支援者を中心に自主的に作られた場所。当時は法的な位置づけがなかったが、2006年の障害者自立支援法により新サービスに移行。
*3 例えば、シェクナーによれば、ワークショップとは「個人を変容」させ、「束の間のコミュニティを作るための一時的変化の装置」である。リチャード・シェクナー『パフォーマンス研究──演劇と文化人類学の出会うところ』高橋雄一郎訳、人文書院、1998年、111頁。

*4 辰巳一輝「2000年代以後の障害学における理論的展開/転回──『言葉』と『物』、あるいは『理論』と『実践』の狭間で」『共生ジャーナル』5、22-48頁、2021年(http://kyosei.hus.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/03/b6165b7815a6035f0dea771c14016e24.pdf)。

*5 ダン・グッドリー『障害から考える人間の問い』石島健太郎訳、現代書館、2024年。

*6 アリソン・ケーファーは、障害を固定的属性ではなく、争うことのできる政治的なものであり、関係性によって変化するものとして「政治モデル/関係モデル (political model/relational model)」を提唱している。Kafer, Alison, Feminist, Queer, Crip, Indiana University Press, 2013, pp. 6-10.

*7 スウィングは、木ノ戸昌幸が代表を務める京都にある福祉事業所(​​http://www.swing-npo.com/index.html)。

*8 ベルクソンは、難破した商船の乗客たちに向かって、その救助に来ていた税関の役人が「何も申告を要する物を携帯してはいませんね」と言うのを例にあげ、これを「社会の自動的な規則ずくめ」による笑いだと説明している。この視角からすれば、「想定外」を笑うことは、他者ではなく、結果的に自身の硬直した規範を笑っているということもできるだろう。自身の規範から切断され、他者の想定外(規範)と一時的に関係を取り結ぶのである。このとき、自身の世界は他者の世界に包摂されている。アンリ・ベルクソン『笑い』林達夫訳、岩波書店、1938年、50頁。

*9 最首悟『こんなこときだから 希望は胸に高鳴ってくる──あなたとわたし・わたしとあなたの関係への覚えがき』くんぷる、2019年。

*10 全国手をつなぐ育成会連合会「売り買いされる雇用率──障害者雇用ビジネスとその根底にあるもの」『手をつなぐ』2022年11月(​​​​https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001038049.pdf)。

*11 岩井秀人は劇作家、演出家、俳優。劇団ハイバイ主宰。

*12 最首前掲書、210-211頁。

*13 2016年7月26日、神奈川県相模原市にある知的障害がある人が入所する施設「津久井やまゆり園」で起こった殺傷事件。

*14 「NIPT新出生前診断を全て 妊婦に知らせる新指針へ 不安 差別や排除が助長されないか」東京新聞、2022年3月24日公開(https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/birth/53583/)。

*15 社会モデルとは、障害は環境や制度といった社会の側にあるという考え方。その反対が、障害は個人の身体にあるとする個人モデル、あるいは医学モデルである。

*16 就労B型(就労継続支援B型)や生活介護とは、必要な支援の程度などによって決まる福祉サービスの名称であり、福祉事業所の区分。

(URLはすべて2025年8月18日アクセス)



鈴木励滋(障害福祉従事者/演劇ライター)

1973年3月群馬県高崎市生まれ。97年から勤めていた生活介護事業所「カプカプ」を2024年初めに離れて、次の場の準備をしている。 演劇ライターとしては、劇団ハイバイ・劇団サンプル・劇団はえぎわのツアーパンフレット、「月刊ローチケ」や「埼玉アーツシアター通信」でのインタビュー記事、演劇誌「紙背」や「東京芸術祭」のウェブサイトでの劇評などを書いてきた。「障害×アート」については『生きるための試行』エイブル・アートの実験』(フィルムアート社、2010年)、はじまりの美術館企画展「えらぶん:のこすん:つなげるん」記録集(2018年)などへ寄稿。師匠の栗原彬(政治社会学)との対談が『ソーシャルアート 障害のある人とアートで社会を変える』(学芸出版社、2016年)に掲載されている。2022年からは、長年ワークショップを開催してきた体奏家の新井英夫や板坂記代子らと、ファシリテーターやコーディネーターの養成に取り組み、自らもコーディネーターとして、これまで十数か所の障害福祉事業所でアーティストによるワークショップを実施してきている。

(レポート:羽渕徹)